無事に戻って参りました。ぼちぼち体験記を書いていきたいと思います。

ヴィパッサナー瞑想とは(その2)

ヴィパッサナー瞑想とは、2500年前にブッタ(ゴータマ・シッダッタ)が北インドで何年もかかって真理を追求し、様々な修行を行って発見した苦から真に自由になる方法です。ブッタはあくまでも人間であり続け、決して自分が神のような存在であるなどとは言わず、自分が成し遂げたことは同じようにやれば誰でも出来ると説きました。ブッタはいかなる宗教も哲学も理念も説かず、万人が抱える共通の問題(苦)を解決するための実践的な方法を提供してくれたのです。

この道は現実の本質を見抜く道、真理をとらえる道です。自分が抱える問題を解決するためには、自分の置かれた状況をあるがまま見つめる必要があります。そして真理をとらえるには、自分の内側を見つめること、自分自身を観察することが必要です。私たちは外側ばかり見る癖がついていて、外で起こることや他人のやっていることばかり気にしていてめったに自分自身を見ることがありません。ということは自分を知らないということになり、自分を知らないということは、自分の中に未知の力が潜んでいて、自分がその力の奴隷になっていることに気がついていません。真理をとらえるためには、この内なる暗闇を一掃しなければならないのです。ブッタが示した道は自己洞察、自己観察の道なのです。

参考文献:ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門 ウィリアム・ハート著

10日間規律を守る

この瞑想法はS.N.ゴエンカ氏の指導のもと、10日間コースで受けることが出来ます。参加者は10日間センターの敷地内から出ず、携帯、読み物書き物を預け、宗教的なことも控えてひたすら指示通りに瞑想を行います。そして下記の規律を守ります。

1 いかなる生き物も殺さない。
2 盗みを働かない。
3 いかなる性行為も行わない。
4 嘘をつかない。
5 酒や麻薬などを摂取しない(薬も含まれます)

そして沈黙を守らなければなりません。参加者と目を合わせることも、ジェスチャー、触ることも禁止されます。ただし指導者やマネージャーには質問や相談をすることが出来ます。

何も情報を得ないということ

何も情報を得られず、読まず、他人と話さないという経験は、そうそう出来ることではないですよね。このことが修行するにあたって重要だとひしひしと感じたのは、沈黙が解かれたあとの瞑想の時間。8,9日目にはやっと瞑想に入ることも楽になり、感覚も鋭くなっていましたが、参加者と話したことで脳が興奮しているのがよーくわかりました。後から後から話したことが出てきてしまうのです。日常はこうなんだよなと実感しました。特に私はそうなのです。四六時中何かぐちゃぐちゃと考えていて、このことはインド占星術でも言われたし、自分でも自覚していることです。あーしようかなー、こうしようかなー、でもなー、あーあのときこうしておけばよかったなーって。いつも過去や未来に行っていて今にいないのです。

私は6日目が一番辛かったのですが、何か情報を脳が欲していたことが大きな理由です。何か考えたいのです。いつもしていることをしたがっていて、脳が外からの刺激を求めているんですよ。自分を見つめることを嫌がっているという感じがしました。

そのことに気がつくことが出来たのは大きかったです。自覚はしていたけど、実際に考えることがなくなったとき、あー脳は刺激を求めていて、まんまとそれに乗っていたんだなと実感しました。外のことや過去や未来を考えているときって楽なのですよ。時間もあっという間に過ぎるし。脳にエサを与えていたのですね。そして刺激は潜在意識に溜めこまれ、自動的に反応として出てきます。自分を知らないということは怖いことなのです。

この瞑想法ではその溜め込まれた汚濁を浄化して、安らぎを得ることが出来るのです。私も少し体験することができたので、徐々にこの体験記に書いていきたいと思っています。

 

横浜日吉・綱島少人数制ヨガ教室 YellowLotus

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